ベトナムではとにかくめしがうまい、という話を渡航前に多くの人々からきいていたので
ハラキリロマン御一行様はとにかくお食事を楽しみにしていたわけでござる
それで、どうせなら観光客が行くようなきれいなレストランではなく
現地のベトナム人が食べるようなとこにいってみよう
ということで、バックパッカーストリートと呼ばれている通りへ
夕食を食べにいったわけでござるが
このお店が、ストリートにテーブルをだして
外で食べる形式のお店であったことが
とにかく災いした
食事を待っているテーブルに、次から次に押し寄せる物売りの波
やれ本はどうだ、タバコはどうだと
気持ちよく食事を楽しむゆとりなど皆無でござった
思うにベトナムには、観光客を誘致するための施策とか
次も来たい、と思わせるような全体的な取り組みなどはまるでなく
とにかくほおっておいても観光客は向こうから勝手に来るわけだから
来たらおのおの思い思いに金をむしるがよい、
なにせ向こうは金持ちなのだ、なぁに、遠慮は無用よ!
という体制ができあがっていて
拙者はマグロの魚群が訪れる時期をねらって
とりつくす勢いで網をうつ太古の漁師たちの
はるかなる姿を想った
どちらも、生活がかかっているのだ
で、次々とやってくる物売りたちに
「コン!コン(ベトナム語でノー)」といっていたところ
一人の物売りから
「ノー、ていうのは失礼だから、コン、コモン(ノー、センキュー)て言わなきゃだめだよ」
と教えられ
勝手にそっちから人が飯食ってるとこにモノを売りつけにやってきておいて
失礼もクソもねーだろ、しかもちょーしつけぇし
とか思ったけども、丁寧マンなハラキリさんは
コン、コモン、とちゃんと言ってましたとさ
拙者が下手なベトナム語を使おうとすると
一緒に行った友達の外国人達は笑っていたけど
拙者はイングリッシュスピーカーではないので
現地ではやはり現地の言葉を使いたい、と
そう思っているわけでござる
日本に来ている外国人が下手な日本語でなんとかしゃべろうとするのが
日本人を喜ばせるように
たとえ下手でも現地の言葉を使おうとするのが
最低限の礼儀かな、と
侵略の歴史の果てに、英語は世界語になったけども
その国の言語さえしゃべろうとしない人々に
日本はもっと外国人を受け入れるべき、といったようなことは
言えないのではなかろうか
で、そのように食事をしていて
物売りはまぁ良かったのだけども
子供の乞食が来るのは、本当に胸が痛んだ
ベトナムの乞食は、日本のホームレスよりもはるかに乞食で
なにがはるかに乞食かというと、ちゃんと人から金をとるスベを
知っているということでござる
それに比べれば日本のホームレスは
恵んでもらうことよりも自らの足で生きていく方法を持つ(ゴミ箱をあさる、捨てられている雑誌を売る、等)ため
はるかに乞食というよりはサバイバーと呼ぶに近い形態であろう
向こうの乞食は、めぐまれない子供ポスターの主演をはれそうなうるんだ瞳の子供に始まり
赤ん坊をかかえた母親
右腕がない男(わざわざないほうの腕を見せてよってくる)
など、とにかく他人の同情を誘うのがうまく
まんまと拙者などは胸が苦しくなったわけでござるが
しかし、ここで金をあげてしまったら
次から次に排水口に吸い寄せられる水のごとく
ベトナム中の乞食がこのテーブルに殺到することは
ひを見るよりあきらかであったため
一切お金はあげなかった
ただ、不安だったのは
「これ以上かわいそうなのがでてきたらどうしよう?俺はそのかわいそうさに耐えられるだろうか」
という点
次あたりゾンビがでてきて
「俺なんてなぁ、もうとっくに死んでるんだぜ
生きているだけマシじゃねぇか、なぁ、金をくれよ」とかいって
俺の胸をしめつけたらどうしよう
とにかく障害者の乞食の多さは、日本では見れないものであったし
あとできいたところによると、乞食になるために
わざと自分で腕を切り落とす人もいるらしい
そして、向こうの乞食は個人営業ではなく組織化されていて
あがりを皆でわけあう体制ができあがっていて
なかにはそれなりに金をもっているやつも
ちゃんと家があるやつもいる、とのこと
それが本当かどうかはわからないけども
そういうもんなんだ、と想うことで
あのとき金を払わなかった自分に罪悪感を感じずにすむので
日本人はこういうもんだ、と想っていきましょう
なれない金持ち扱いと
金をあげなかったら悪いことをした気になるという
資本主義的にはまか不思議な気持ちをかかえて
食べるベトナム料理は、想っていたほどにはおいしくなくて
この国にも、観光客を育てるという感覚は必要だろうにな
と想った
- 2008/11/22(土) 08:58:25|
- 日記
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